東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)87号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決取消事由について判断する。
1 成立に争いのない甲第二号証、第八号証の一、第九号証、第一〇号証の一ないし四、川口市役所水道部敷地内において本願試作機を撮影した写真であること当事者間に争いのない甲第四号証の一ないし五によれば、次の事実が認められ、これを覆えすに足りる証拠はない。
本願発明に係る振動式転圧機は、デルタ商事代表取締役矢延史郎の開発依頼に基づいて原告会社の社員並木茂、同武山幸が完成したものである。その構成は前記当事者間に争いのない請求の原因二の特許請求の範囲に記載されたとおりであるが、従来のこの種の振動式転圧機に対して有する特徴は、原動機から走行装置への動力伝達機構として一体形油圧ポンプモーターを使用した点及び機械の重量の不均衡を是正し重心を機械のほぼ中央に位置づけるためローラー体の側壁の一方に輪状の重錘を取付けるか又は厚い側壁を形成したことにあつた。
本願出願前の昭和四六年九月一三日、デルタ商事代表取締役矢延史郎と原告会社代表取締役高久修との間で本願発明に係る振動式転圧機の製造販売に関する合意が成立し、製造は原告が、販売はデルタ商事がそれぞれ一手に行うことと定められた。販売を一手に取扱うことになつたデルタ商事の矢延史郎は、同月上旬ころ完成していた本願発明の構成要件を備えている本願試作機を原告から受取り、これをデルタ商事の従来からの顧客方に持参してその特徴とするところ、その性能の優れているところを実演説明し、もつて、顧客から使用上の問題点について助言を求めるとともに販売の促進に役立てることにし、デルタ商事社員の運転する車に本願試作機を積み込み、前記武山幸その他の原告会社社員を同行しあるいは同行せずに、同年九月から一〇月上旬にかけて、川口市役所水道部、ヤンマーデイーゼル株式会社東京支店を含む顧客方数か所に赴いた。
同年九月中に赴いた川口市役所水道部においては、水道部現場詰所横の空地において同水道部の大山皖ほか十数名の職員の前で、また、一〇月初めころ赴いたヤンマーデイーゼル株式会社東京支店においては、同支店横の舗装道路において同支店陸用販売課長木村浩三ほか数名の同課課員の前で、前記の趣旨で本願試作機を運転して説明した。
以上のとおり認められるところ、デルタ商事の顧客の職員又は従業員であつた前記大山皖ほか十数名及び木村浩三ほか数名の者(以下「見学者ら」という。)が特に原告に対する関係で本願試作機の構成につき信義則上秘密を守るべき地位にあつたこと、あるいは右見学者らが右実演説明を受けるに際し、又はその前後を通じ、矢延史郎、武山幸を含むデルタ商事又は原告会社の社員から本願試作機の構成、特にその従来機と相違する特徴部分の構成につき、これを秘密に保つべきことを要請されたことは、本件全証拠によつてもこれを認めることができない。
そうとすれば、本願試作機の構成ひいては本願発明の内容は、右の実演説明により、本願出願の日である昭和四六年一〇月三〇日より以前の同年一〇月初旬ころまでに、本願発明の内容につき秘密を守る義務を負わない一般の第三者と認められる右見学者らに示され、これにより日本国内において公然知られるに至つたものといわなければならない。
2 原告は、矢延史郎が特許異議手続において証人として述べた証言の信憑性を争う(請求の原因四1)が、前掲甲号各証を総合検討すれば前示認定に資する限度でこれを信用するに足りると認められる。
原告は、また、武山幸、矢延史郎が本願発明をその出願前公知のものとする意思はなかつた旨主張する(前同四2)。しかし、前叙のとおり、本願試作機の実演説明は、本願発明の内容につき秘密を守る義務を負わない一般第三者としての見学者らに対し行なわれたのであつて、たとえ右両人が本願発明をその出願前公知のものとする意思がなかつたとしても、これを外部に表明して見学者らにその旨を徹底させる等本願発明の内容を秘密に保つべき適切な処置を講じたとは認められないのであるから、原告の右主張は採用できない。
また、原告は、特許異議申立手続において証人として尋問された川口市役所水道部の大山皖が「公には話しません。」と述べ、同じくヤンマーデイーゼル株式会社東京支店の木村浩三が「他人には話さない」と述べたことをもつて、前示実演説明を受けた見学者らが本願発明の内容につき秘密保持義務を負つていることの証左であるとの趣旨の主張をする(前同四3、4)。しかし、前掲甲第一〇号証の三・四によれば、大山皖が「各社がいろいろな機械を持つて来られた場合に」と供述し、木村浩三が「私共の会社には、いろいろなメーカーが機械を持つて来られますが、」と供述していることからも窺われるように、右両人は前示本願試作機の実演説明を一般に業者が顧客に対して行う販売促進のための製品説明として受取り、これにつき他にその内容を知らすことは通常しない旨を述べているにすぎないと認められるのであつて、これをもつて原告の右主張のように秘密保持義務を負つていることの証左とは到底認めることができない。
請求の原因四5の原告主張は、右1において認定判断したところに照らし、審決を取り消すべき事由とならないことが明らかである。
3 以上のとおり、原告主張の審決取消事由は失当であり、審決にこれを取り消すべき違法の点は見当らない。
三 よつて、原告の本訴請求を失当として棄却する。